See more details
Title List

言葉の元

日月神示に「外国の言葉を話せば外国の色に染まる」旨の記述があります。
(正確な言葉を忘れてしまったので、知っている方がおられましたら教えてください。)

これについてはずっとイの次元での理解に留まっていましたが、
先日、ミの次元で少しだけ納得できました。

幼子を乗せたベビーカーを押して街を歩く女性(おそらく祖母)を見かけました。
女性はベビーカーから手の届くものをなんでも触ろうとする子に対して「ダメ、ダメ」と言っており、
それに対して子供も理解しているようで、言われると手を引っ込めていました。
それを見て私は(「ダメ」を「ダメ」と理解できてるんだなあ)と感じました。
その時は体感的にそう感じたのでそんな省略型の感想だったのですが、
補足するならば
「ダメ」という音を、日本語の「ダメ」という意味として感受することができているんだ
という感じです。

そしてその時冒頭の日月神示の言葉を思い出し、理論をすっ飛ばして体感的に
(ああ、こういう仕組みだから日月神は警告しているんだ!)と納得してしまいました。
私はこういう「なんとなくわかってしまう」ということが多いです。
なので自分がきちんと理解できているのか、確認を兼ねて言語化してみます。

「ダメ」という音声を日本語の「ダメ」という意味として感受するためには、その元となるものが必要である。
子供は日常の外界との関わりによって言葉を習得していくが、
その際、子供は日本語の元となっている日本人が培ってきた心(アワ)を養っていくからこそ
日本語(サヌキ)を使いこなすことが可能となる。
そしてこれは外国語についても同様であり、日本人が外国語を流暢に話すということは
その外国語の元となる心(アワ)を同時に自身の心に取り込んでいるということである。
その際、その外国語の元となる心を上手く抱き参らせるだけの器がある人間であればともかく、
大方の人間は抱き参らせるのではなくそちらに感化されてしまうケースが多く、
せっかく持ち合わせている日本人の心を実質失くしてしまう人もいるのだろう。
だから、日月神は気を付けよと警告しているのだ。

うーむ、粗削りですね。
今の私の理解はこの程度ということで、
また理解が進めばもうちょっと細やかに表現できるでしょうということで
ひとまず終えてみます。w

スポンサーサイト

大事なのは自分自身

ifさんが以前
「トラブルが起こっても相手を責めることはなくて、ただ自分の頭の悪さを思い知る」
といったことを冊子に書いているのを読んで、
「でも、明らかに相手に非があるときもあるだろうにそこを度外視できるのはすごいなー」
と思っていました。

そしてその後。
自分の身の回りで起こったトラブルはすべて他人のせいにして
自分自身の不味さについてはひとかけらも思いを馳せない方を目の当たりにして、
“自分はちゃんとやっている”という意識は自分を省みることを忘れさせてしまい、
自分は何も変わらないということになるのだと実感しました。
そして、もし相手に非があると感じられる時でも相手だけに原因があるということは
そうそうないわけで、自分の持つ原因について思考しないことは
その原因がまた似たようなトラブルを引き起こすことになるんだということも実感しました。

また、相手に非があると思うことも、そう判断するのは今の自分自身なので
思考力や感受性が向上すれば相手に非はないことだったと判断することになるかもしれません。
となると、現時点で感じる相手の非を責め立てず放っておくことは
不要なカルマを生まなくて済むということになるのかもしれません。

「他人はどうでも良い。大事なのは自分自身」の一つがこれなんですね。
少しずつですが、いろいろと納得できた今日この頃です。

時間

ここ半年くらいでしょうか、時間の使い方について思いを巡らせることが多く、
新月の願い事にも「時間の使い方が上手くなってやりたいこともやるべきことも全うする」
といったことをずっと書いていました。

しかし。
時間を上手く使おうとして頭の先だけであれこれ試行錯誤してもしょうがなくて、
自分自身を知って、育てて、自分自身を上手く扱えるようになることが
結局は自分の持つ時間を上手く使えることに繋がるのだろうというところに行き着きました。
なんとシンプルな答え。

自分自身の扱いはまだまだ上手くいったりいかなかったりです。
上手く行かない時、例えば余分な思いや感情が自分を取り巻いている時の
自分のエネルギーと時間の浪費感はなかなかのモンです。
その浪費感もやっと最近感じられるようになりまして、ということはそれまでは
無自覚で、その浪費状態が当たり前だったであろうというわけです(爆)。

余分な思いについては今はそれを思ってしまうだもの、しょうがないと思いつつも
いずれはそういった余分なものに囚われなくなるよう、
都度都度その思いや感情を取り扱っています。
いずれはカモワンタロットの「力」の少女のように、自身の持つ獣を
悠々とコントロールしながら未来をしっかり見据えられるようになりたいです。
今もまったくできていないわけではないのでしょうが、その質を高めていきたいです。

と、ここまで書いてふと思いました。
「自分の扱いが上手くいかない時は自分のエネルギーと時間を浪費していると感じる」
と書きましたが、時間は自分と分離したものではなく、
自分のエネルギーの中に含まれるのではないでしょうか。
根拠のない単なる思い付きですが、備忘録がてら書き残してみます。

星の見え方

ORION'S GATEで星の見え方に関する話題が出始めたあたりから
私も自分の星の見え方を観察しています。
大体五芒星で、たまに羽のある天使か妖精っぽい形に見えることもあります。

そんな感じで観察続行中ですが、先日印象深いことがありました。

車で帰宅途中、右折レーンに入ったところ、直進レーンにいた斜め前の車が
急に車線変更してきて危うくぶつかりそうになりました。
ブレーキを踏んで、私の車の前にその車を入れる形にしたので
衝突は避けられましたが、本気でビックリしました。

そんな感じで「肝が冷えた」状態で帰路に着き
車を降りて空を見上げたところ、晴れているにも関わらず
星がうすらぼんやりとした点にしか見えません。
「ああ、『恐れ』が今の私の一番の感情だからかな」と感じました。
そしてその時、星は魂の輝き具合を反映してるのかもしれない、とも思いました。
身魂が磨けて、輝けば輝くほどその反映である星も輝きを増し、
形もはっきりとしてくるのではないかなと。

今のところ憶測に過ぎませんが、そんな気がしたので書き留めておきます。

トランプ

ぐれん「反トランプの有名人」で紹介されている一般人の意見に
なるほど!と感心しました。
そして、数日前に見たこちらの画像を思い出しました。

「ベルサイユのばら」より、フランスから亡命した貴族たちに叩かれるルイ16世
louis16.jpg

トランプさんも同じことを思っているかもしれないなと。

ただ、ルイ16世の場合はそこから「今や私は世界中から見捨てられてしまった…」と続くのですが、
トランプ氏には敵も多いけれど味方もいっぱいいます。
先日テレビのニュースでトランプ反対派を大々的に報道する傍ら、申し訳程度に
「隠れトランプ支持派が~」とトランプ支持派が少数のように見せかけた報道をしていて
「は?」と思いました。
トランプ支持派が少数だったらそもそも大統領になれてないんだけどなーと。
それとも、何も考えていない人たちがとりあえずトランプに投票して、
いざ当選したらまた何も考えずに反トランプの有名人側についてしまったとかなのでしょうか。

反トランプの人たちについては、これで背負ったカルマを返済するための
行く末を知っているので残念には思うけれども腹は立ちません。
しかし、何を思い、何をするにしてもそこで生じる責任を意識しなければ不味いことになりますね。

トランプ氏にはエールを送るとともに、私にできること
(トランプ氏のやることを理解できるだけの波動を持ち、真実の情報を理解し、発信していくこと)を
やっていきたいです。
そして、トランプ氏は今の調子でガンガンやっていってもらいたいなー。

Recent Pics