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節目を迎えて

年明けに更新しようと思っていたら、あっという間に1月の3分の1が終わってました(驚)。

というわけで、遅ればせながら新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

今年でパンドラ、ぐれん歴10年目に突入です。
年明けすぐのORIONに「頭を強くする訓練は効果が出るのに10年かかる」と
書かれていたのを読んで思い出しました。

頭、強くなりましたかねえ…。
昔パンドラの中で
「理想の社員は『ネアカ、のびのび、へこたれず』である」という一文を読んで
「ネクラ、くよくよ、へこたれる」な自分に暗澹とした記憶があるのですが(爆)、
昔よりその要素がマシにはなっかたなあとは思うので進歩なしではないのかな。
しかしまだ「そんなしょうもないこと気にするんかい!」と自分で自分に思うこともあります。
改めて、一生かかっても良いので地道に歩んでいきたいなと思ったのでありました。
今年はやりがいのあるイベントが多そうなので、楽しみつつやっていきたいです。



気になったので「ネアカ、のびのび、へこたれず」の記事を再読しました。
<職場のあれこれ>(2011年2月17日)
その記事の最後の<再び「理想の職場」>を読んで、今私は魂のレベルでの理想の職場にいるなと思いました。
・業務中にケースバイケースで対応しなければならないことがよくあるので、嫌でも考えなければならない。
・一癖ある上司と付き合う中で精神的にも鍛えられている…はずw
(しかし対応し慣れている先輩方を見ているとまだまだ自分は青いのぅ…と思う。)
・相談に乗ってくれる親切な先輩方がいる。
・先輩方のおかげでやれているところが多々あるので、感謝しつつ先輩の手を煩わせないためにも賢くなりたいと、心の姿勢を「↑」に持って行くための機動力の一つとなっている。

今の自分が自分を鍛えるのにちょうど良い環境なんだと改めて感じました。
「頭と心を鍛えていく」という意識がミの次元まで到達したからではないかなと思います。
だから、それがちょうど良い塩梅でできる環境が実現して行っているのではないかなと。
もしそうであればありがたいことです。

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純白

ぐれんにて「その人を表す色」が話題になっていますね。
先日記事の中で「ミモリは白」と書かれていたので
具体的にどのような白なのか訊いてみたところ混じりけのないホワイトでした。
和名だと純白になるようです。

そこで思い出したのが、昔占い師に
「あなたは食べ物で例えるならごはん(白米)。個性がないのが個性」
と言われたことです。
純白の別名である真っ白という言葉は無を表すので、「無個性」ということで
占い師が言っていたことと一致してるなと思いました。
「白米」というワードも相まって。

そしてリンク先に用例として「純白のウェディングドレス」とあります。
ここ数日友人や幼馴染が入籍したり、結婚式を挙げたりというニュースが相次いでいて、
そんなこんなで昨日の友人との飲み会の二次会カラオケでは結婚ソングラッシュになってて
一緒におめでたい気分になっていたのですが、
これ、まさかの「お前は純白だ」のサインだったんですかね。
(ロッドで確認したらそのようです。)
(あと、みんなの幸せにあやかれるサインでもあるんだそうな。本当だったらktkr!)

純白…。
思い当たる節はうすらぼんやりですがあるので、これを素材に自分を掘り下げてみると面白そうです。
ifさんは自分を知るための素材の提供が上手いなあ。
ありがとうございました。

言葉の元

日月神示に「外国の言葉を話せば外国の色に染まる」旨の記述があります。
(正確な言葉を忘れてしまったので、知っている方がおられましたら教えてください。)

これについてはずっとイの次元での理解に留まっていましたが、
先日、ミの次元で少しだけ納得できました。

幼子を乗せたベビーカーを押して街を歩く女性(おそらく祖母)を見かけました。
女性はベビーカーから手の届くものをなんでも触ろうとする子に対して「ダメ、ダメ」と言っており、
それに対して子供も理解しているようで、言われると手を引っ込めていました。
それを見て私は(「ダメ」を「ダメ」と理解できてるんだなあ)と感じました。
その時は体感的にそう感じたのでそんな省略型の感想だったのですが、
補足するならば
「ダメ」という音を、日本語の「ダメ」という意味として感受することができているんだ
という感じです。

そしてその時冒頭の日月神示の言葉を思い出し、理論をすっ飛ばして体感的に
(ああ、こういう仕組みだから日月神は警告しているんだ!)と納得してしまいました。
私はこういう「なんとなくわかってしまう」ということが多いです。
なので自分がきちんと理解できているのか、確認を兼ねて言語化してみます。

「ダメ」という音声を日本語の「ダメ」という意味として感受するためには、その元となるものが必要である。
子供は日常の外界との関わりによって言葉を習得していくが、
その際、子供は日本語の元となっている日本人が培ってきた心(アワ)を養っていくからこそ
日本語(サヌキ)を使いこなすことが可能となる。
そしてこれは外国語についても同様であり、日本人が外国語を流暢に話すということは
その外国語の元となる心(アワ)を同時に自身の心に取り込んでいるということである。
その際、その外国語の元となる心を上手く抱き参らせるだけの器がある人間であればともかく、
大方の人間は抱き参らせるのではなくそちらに感化されてしまうケースが多く、
せっかく持ち合わせている日本人の心を実質失くしてしまう人もいるのだろう。
だから、日月神は気を付けよと警告しているのだ。

うーむ、粗削りですね。
今の私の理解はこの程度ということで、
また理解が進めばもうちょっと細やかに表現できるでしょうということで
ひとまず終えてみます。w

大事なのは自分自身

ifさんが以前
「トラブルが起こっても相手を責めることはなくて、ただ自分の頭の悪さを思い知る」
といったことを冊子に書いているのを読んで、
「でも、明らかに相手に非があるときもあるだろうにそこを度外視できるのはすごいなー」
と思っていました。

そしてその後。
自分の身の回りで起こったトラブルはすべて他人のせいにして
自分自身の不味さについてはひとかけらも思いを馳せない方を目の当たりにして、
“自分はちゃんとやっている”という意識は自分を省みることを忘れさせてしまい、
自分は何も変わらないということになるのだと実感しました。
そして、もし相手に非があると感じられる時でも相手だけに原因があるということは
そうそうないわけで、自分の持つ原因について思考しないことは
その原因がまた似たようなトラブルを引き起こすことになるんだということも実感しました。

また、相手に非があると思うことも、そう判断するのは今の自分自身なので
思考力や感受性が向上すれば相手に非はないことだったと判断することになるかもしれません。
となると、現時点で感じる相手の非を責め立てず放っておくことは
不要なカルマを生まなくて済むということになるのかもしれません。

「他人はどうでも良い。大事なのは自分自身」の一つがこれなんですね。
少しずつですが、いろいろと納得できた今日この頃です。

時間

ここ半年くらいでしょうか、時間の使い方について思いを巡らせることが多く、
新月の願い事にも「時間の使い方が上手くなってやりたいこともやるべきことも全うする」
といったことをずっと書いていました。

しかし。
時間を上手く使おうとして頭の先だけであれこれ試行錯誤してもしょうがなくて、
自分自身を知って、育てて、自分自身を上手く扱えるようになることが
結局は自分の持つ時間を上手く使えることに繋がるのだろうというところに行き着きました。
なんとシンプルな答え。

自分自身の扱いはまだまだ上手くいったりいかなかったりです。
上手く行かない時、例えば余分な思いや感情が自分を取り巻いている時の
自分のエネルギーと時間の浪費感はなかなかのモンです。
その浪費感もやっと最近感じられるようになりまして、ということはそれまでは
無自覚で、その浪費状態が当たり前だったであろうというわけです(爆)。

余分な思いについては今はそれを思ってしまうだもの、しょうがないと思いつつも
いずれはそういった余分なものに囚われなくなるよう、
都度都度その思いや感情を取り扱っています。
いずれはカモワンタロットの「力」の少女のように、自身の持つ獣を
悠々とコントロールしながら未来をしっかり見据えられるようになりたいです。
今もまったくできていないわけではないのでしょうが、その質を高めていきたいです。

と、ここまで書いてふと思いました。
「自分の扱いが上手くいかない時は自分のエネルギーと時間を浪費していると感じる」
と書きましたが、時間は自分と分離したものではなく、
自分のエネルギーの中に含まれるのではないでしょうか。
根拠のない単なる思い付きですが、備忘録がてら書き残してみます。

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